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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)148号 判決 1997年8月29日

東京都文京区本郷3丁目27番15号

原告

株式会社サンエイ

同代表者代表取締役

山崎尚重

同訴訟代理人弁理士

西良久

鹿児島県鹿児島市千日町15番1号

被告

有限会社薩摩蒸氣屋

同代表者代表取締役

山口学

同訴訟代理人弁護士

佐藤成雄

同弁理士

鈴木正次

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第21845号事件について平成8年3月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1(1)  特許庁における手続の経緯

株式会社プロデュースにじゅういち(以下「プロデュースにじゅういち」という。)は、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第30類「菓子、パン」とし、「蒸気屋」の文字を横書きしてなる登録第2163989号商標(昭和62年4月24日登録出願、平成元年8月31日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であった。

被告は、平成5年11月16日、本件商標につき商標法50条の規定に基づく商標登録の取消審判を請求し、平成6年1月10日同請求の登録がされた。

特許庁は、同請求を平成5年審判第21845号事件として審理した結果、平成8年3月28日、「登録第2163989号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は、同年7月1日プロデュースにじゅういちに送達された。

(2)  譲渡関係

プロデュースにじゅういちは、平成6年10月6日、原告に対し本件商標を譲渡し、平成8年5月13日、その旨の移転の登録が行われた。

2  審決の理由の要点

(1)  商標法50条による商標登録の取消審判の請求があったときは、同条2項の規定により、被請求人において、その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し、又は、使用していないことについての正当な理由があることを明らかにしない限り、その登録の取消しを免れない。

(2)  しかるところ、被請求人(プロデュースにじゅういち)は、本件商標について請求人(被告)に専用使用権を与えて使用させ、その使用料を企画・デザイン料として請求し受領したと主張し、請求書の写しを提出しているが、商標権の使用許諾については契約においてされ、当事者において契約書を作成するのが通例であるにもかかわらず、被請求人提出の証拠を総合勘案するもそのような契約がなされたものとも認められず、使用許諾契約書等使用権を許諾したという証左もないものであるから、被請求人が請求人に本件商標を使用させていたという主張は、採用できない。

そして、被請求人提出の証拠によっては、本件商標をその指定商品について被請求人若しくは当該使用権者が本件商標をその指定商品について本件審判請求の登録前3年以内に使用していたものとは認められない。

(3)  その他、被請求人は、本件商標をその指定商品について、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において使用していたことを、何ら立証、答弁せず、また、使用しないことの正当な理由も存しないものである。

(4)  したがって、本件商標の登録は、商標法50条の規定によりその登録を取り消すべきものである。

3  審決を取り消すべき事由

被告はプロデュースにじゅういちから本件商標につき通常使用権の設定を受け、その使用権に基づいて本件商標を使用していたものであるのに、審決は、誤ってこの事実は認められないとしたものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) プロデュースにじゅういちは、昭和61年9月ころ、被告(当時はその前身の株式会社月ヶ瀬製菓(以下「月ヶ瀬製菓」という。))から、経営の改善、店舗の活性化を依頼され、被告の店舗・商品につき基本コンセプトの設定、設計、企画、デザイン等を請け負った(以下「本件契約」という。)。

プロデュースにじゅういちは、本件契約に基づき、「蒸気屋」を企画し、その包装紙、包装箱、包装袋等パッケージを企画・制作し、同時に採択した本件商標につきプロデュースにじゅういち名義での商標登録を行い、被告に対し、黙示にその独占的な通常使用権を設定した。

すなわち、プロデュースにじゅういちにおける1店舗の経営の改善・店舗の活性化のためのコンサルタント料は当時2000万円くらいであったが、被告の経済事情から、1店舗(1号店)は500万円とし、その代わりに「蒸気屋」、「蒸気庵」、「かすたどん」についての商標登録はプロデュースにじゅういちが保有し、被告には独占的に使用を許諾し、その使用権の対価は本件コンサルタント契約の企画料に含めることで合意したものである。

(2) そして、被告は、プロデュースにじゅういちが被告に対し内容証明郵便(乙第5号証)で本件商標の使用中止を求めた平成4年3月23日まで、本件契約に基づき、本件商標を使用した。

(3)<1> 被告は、乙第9号証に基づき、被告代表者山口学(以下「山口」という。)がプロデュースにじゅういちの代表者中井八生男(以下「中井」という。)に対し、出願費用を添えて、被告名義での本件商標の商標登録出願を依頼した旨主張する。しかしながら、乙第9号証の1の書込み部分(7行ないし10行)は、被告が、請求書(乙第9号証の1)を受け取った後、勝手に書き込んだものにすぎない。また、乙第9号証の1の請求書の発行年月日は昭和62年4月27日であるが、本件商標の登録出願は、その前の昭和62年4月24日に行われている。

<2> 被告は、本件商標はその出願前から被告(及びその前身の月ヶ瀬製菓)が使用していたと主張する。しかしながら、プロデュースにじゅういちは、昭和62年4月1日付けで被告(当時は月ヶ瀬製菓)あてに「新店舗の企画に関する報告書」(甲第11号証)を提出しているが、この報告書には、ブランド(店舗)名として「薩摩 蒸気屋」を選択すべきこと及びその理由が記載され、当該企画に要する概算費用も記載されている。また、この概算費用に基づいて請求書(乙第9号証の1)が出されている。被告は、この費用を昭和62年5月29日に支払っており(乙第9号証の3)、その後「有限会社薩摩蒸氣屋」を設立しているのであるから、被告がプロデュースにじゅういちが選択したブランド「薩摩 蒸気屋」を受け入れたことは客観的に明らかである。

<3> 被告は、請求書や領収書に商標の使用料の記載がない旨主張するが、プロデュースにじゅういちは、月ヶ瀬製菓の苦しい経済事情に配慮して本来の企画料を減額しているのであるから、使用料の名目で請求を増やすことは考えておらず、企画料中に使用料も含まれていたものである。

<4> 被告は、乙第5号証(平成4年3月23日付け通知書)に基づき、プロデュースにじゅういちは、通常使用権も、専用使用権も付与したことがないことを自認している旨主張する。

しかしながら、乙第5号証の記載は、十分な事情聴取をしなかったプロデュースにじゅういちの代理人の誤解に基づくものである。

(4) 「薩摩 蒸氣屋」の使用は、社会通念上、「蒸気屋」の使用に当たる。すなわち、被告の使用している商標は、「薩摩」と「蒸氣屋」とを隙間を隔てて縦に配置し、それぞれに「さつま」と「じょうきや」の振り仮名を併記した構成からなっている。したがって、外観上から「薩摩」と「蒸氣屋」とが分離しており、一連の「薩摩蒸氣屋」ではない。また、「薩摩かるかん」、「薩摩きんつば」等が商標法3条1項3号に基づいて拒絶されている(甲第10号証)ことから明らかなように、「薩摩」は、「旧国名。今の鹿児島県の西部。薩州。」の意味を有するもので、産地、販売地名として商標上、自他商品識別力を有しない語である。このように、被告の使用している「薩摩蒸氣屋」は、「薩摩」部分が産地、販売地を表すもので、自他商品識別力を有しておらず、要部は「蒸氣屋」である。そして、本件商標の「蒸気屋」と被告使用の「蒸氣屋」とは、「気」の部分において差異があるが、旧漢字か否かの違いにすぎず、両者は同一性がある。したがって、被告使用の「薩摩 蒸氣屋」は「蒸気屋」と社会通念上同一の商標であり、被告は、本件商標と同一性を有する商標を使用しているものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1(1)は認める。同1(2)のうち、譲渡の事実は知らず、その余は認める。同2は認め、同3は争う。

2  反論

(1)  本件商標は、昭和61年12月以前に、山口と月ヶ瀬製菓の従業員とが協議し、新会社(被告)で蒸し菓子に使用する商標として定めたものである。山口は、本件商標の出願日(昭和62年4月24日)以前から「蒸氣屋」の標章を使用すべく準備をしていた(乙第6号証)。新会社の名称も、昭和61年12月以前から、「薩摩蒸氣屋」と定めていたので、関連工事の宛名も「薩摩蒸氣屋」とされていた(乙第7号証)。プロデュースにじゅういち提出の「新店舗の企画に関する報告書」(甲第11号証)は、新社名についての感想を述べ、賛意を表したにすぎないものである。

そして、山口は、出願費用を添えて(乙第9号証の1ないし4)、プロデュースにじゅういちの代表者中井に被告名義での本件商標の商標登録出願を依頼したものである。

したがって、被告が本件商標と同一標章を使用したとしても、それは本件商標の使用許諾を得て使用したのではない。

(2)<1>  元来、法人同士の間で商標権の使用許諾と使用料の授受関係が生じた場合には、使用契約書を作成するのが通例であるが、本件商標については、使用契約に関する書面は一切ない。

原告は、企画、デザイン料の支払をもって本件商標の使用料の支払である旨主張するが、プロデュースにじゅういちの請求書にも、領収書にも本件商標の使用料である旨の記載は皆無である。

<2>  また、企画・デザインを受任しながら、委任会社の使用する商標をコンサルタントの名義で登録出願することは、非常識な行為である。

<3>  プロデュースにじゅういちは、平成4年3月23日付け被告あて通知書(乙第5号証)において、通常使用権も、専用使用権も付与したことがないことを自認している。

<4>  原告は、当時の1店舗の企画デザイン料は2000万円くらいであった旨主張するが、当時は200万ないし250万円が相場であり、600万円は破格であった。したがって、企画・デザイン料の不足を補う使用料という主張は何ら根拠がない。

<5>  乙第9号証の1の書込み部分(7行ないし10行)は、昭和62年4月27日以後、中井の了解を得てされたものである。すなわち、200万円の前払いをした時に(乙第9号証の2)、本件商標ほか2件の商標登録出願料分の支払もそれに含まれる旨の了解があったが、請求書(乙第9号証の1)にその旨の記載がなかったので、山口が中井に電話し、了解を得た上で、経理担当者井上に上記書込み部分の記入を命じたものである。

<6>  プロデュースにじゅういちが被告に対して行った仮処分申立書(乙第3号証)においても、「請負契約は遅くとも、平成2年3月末頃には全て終了し、従って債務者の前記商標使用期間も終了した。」と明記している。

したがって、仮に原告主張の黙示の通常使用権の許諾があったとしても、平成2年3月末ころには本件商標の使用期間が終了している。

(3)  しかも、被告が使用しているのは、「薩摩蒸氣屋」であって、「蒸気屋」ではないから、被告が本件商標を使用しているものとすることはできない。

すなわち、被告使用の「薩摩蒸氣屋」は、被告の商号と同一である。したがって、「薩摩」と「蒸氣屋」との間に多少の間隔があったとしても、これをもって「薩摩」と「蒸氣屋」とを分離して称呼、観念する合理的な理由はない。一般に、商号商標は、一体的に呼称・観念されるのである。したがって、「薩摩蒸氣屋」の使用が社会通念上本件商標「蒸気屋」の使用に当たると解することはできない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1(1)(特許庁における手続の経緯)は、当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる甲第14号証によれば、プロデュースにじゅういちは、平成6年10月6日、原告に対し、本件商標を譲渡したことが認められ、平成8年5月13日にその旨の移転の登録が行われたことは、当事者間に争いがない。

請求の原因2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  成立に争いのない甲第8号証及び甲第15号証の1、2(甲第15号証の1については、原本の存在も)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第13号証(以上、いずれも後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第8号証、成立に争いのない乙第10号証、並びに、被告代表者尋問の結果によれば、山口は、月ヶ瀬製菓の代表取締役であったが、蒸し菓子の専門店を出店することを考え、昭和61年9月ころ、プロデュースにじゅういちに対し、基本コンセプトの設定、店舗計画等を依頼したこと、被告は、昭和63年2月16日に設立されたが、被告及びその前身ともいうべき月ヶ瀬製菓は、「薩摩蒸氣屋」との商標を、昭和62年6月16日に新店舗を開店して以来、使用していることが認められる。

(2)  原告は、プロデュースにじゅういちは被告(又はその前身の月ヶ瀬製菓)に対し、黙示にその独占的な通常使用権を設定し、その使用権の対価は本件コンサルタント契約の企画料に含める旨合意した旨主張し、甲第8号証、甲第13号証及び甲第15号証の1(中井陳述書又は調書)にはその旨の記載がある。

しかしながら、甲第8号証、甲第13号証及び甲第15号証の1は、反対趣旨の乙第10号証(被告代表者山口陳述書)及び被告代表者尋問の結果並びに次の事情に照らし、採用できず、他に通常使用権設定の事実を認めるに足りる証拠はない°

<1> 店舗、商品の設計、企画などのコンサルタント業を営むにすぎないプロデュースにじゅういちが右業務内容に属する本件商標につき自ら商標権者となることは、コンサルタント契約上、異例のことと認められるから、プロデュースにじゅういちが本件コンサルタント契約において本件商標の商標権者となることが合意されたのであれば、その旨の協定書又はプロジュースにじゅういちが本件商標の商標権者であることを前提とした使用権の設定に関する契約書が作成されるのが通常であると解されるところ、そのような契約書類は本訴において何ら提出されていない。

<2> 原告は、コンサルタント側であるプロデュースにじゅういちが本件商標の商標権を持つに至った事情として、コンサルタント料を500万円に減額したことを主張し、通常のコンサルタント料は当時2000万円くらいであったと主張するが、当時のコンサルタント料の相場が2000万円であった旨の甲第8号証、甲第13号証及び甲第15号証の1は、前記乙第8号証(石田惟幸陳述書)及び弁論の全趣旨に徴し採用できず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。

<3> 原本の存在及び成立につき争いのない乙第5号証によれば、プロデュースにじゅういちの代理人弁護士が作成した平成4年3月23日付け被告あて内容証明郵便には、本件商標ほか2つの商標につきプロデュースにじゅういちが商標権を有するところ、プロデュースにじゅういちは、被告に対し、本件商標等につき通常使用権・専用使用権とも付与した事実はなく、被告による本件商標等の使用は商標法に違反する旨記載されており、この記載が十分な事情聴取をしなかったプロデュースにじゅういちの代理人の誤解に基づくものであることをうかがわせるに足りる証拠はない。

(3)  したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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